どこにもない(と思う)育児モノを作るのが大好きママのブログ


by 1003yatta
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プロフィール

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1968年杉並区うまれ
以後人生のほとんどを杉並区内で過ごす(その間6回引っ越し)
女子美術短期大学衣服デザイン卒

ー仕事ー

大手婦人服小売業にてバイヤー経験

大手総合アパレルにて
子供衣料
紳士ナイティー
婦人インナー
KENZO GOLFレディースなどなどのデザイン全般を経験

杉並区内のモザイクアトリエにて
イタリアングラスおよびストーンの壁画制作
ステンドグラス製作の職人を2年間経験

現在は育児をたのしみながら
ものづくりしながら
ナチュラルライフ、素敵な生き方勉強中です。

ー出産ー

2000年10月 32歳
長女を妊娠中毒症により予定帝王切開で出産

当時のわたしは納得のいかない帝王切開という判断と
歩行困難により術後1ヶ月入院かつ母子別室という現実に
耐えられず、退院後も常に涙が止まらず、まさに産後うつの状態でした。

これを機にからだや精神にやや変調がおこり
いろいろな病気になり、入院もし、流産も経験。
食生活を改善しながら
しごとを2年ほどやすみました。

2007年12月 39歳

長男をVBAC(帝王切開後の自然分娩)

前回の経験から絶対にVBACを希望していました。
妊娠中、運良くずっと体調がよく
おなかの子に感謝しながら仕事をしつつ
中野のTACのヨガとスイミングに通いました。
金澤先生には感謝!マタニティのかたにはほんとおすすめです。

そしてお産は。。。それは大変なものでした。
腰の骨左右それぞれを馬が牽引してるのが見えました。。。?
22時間の試練でした。
先生2人、助産師さん3人、点滴の針をさしたままの
限りなく手術的な自然分娩で(切られたくなかったのに。。。)
分娩台では(ほんとは乗りたくなかった)
さすがに冷めてました。はい。

最初のお産がどんなに大事か
ほんとに身を以てしりました。

ー授乳服ー

出産前からタノシミにしてた授乳服
2000年にはきいたことありませんでした。
そもそも一人目は
混合かつ保育園でしたので
必要がなかったのですが。。。。。

二人目妊娠9ヶ月のある日、ネットで購入し実際手に取ってみると

可愛くない。
のを買ってしまった。らしい。

それからそれから。。。とにかくいろんなメーカーの
可愛いかも。でもあまり高くないかも。な授乳服を
10枚以上購入。。。。

そして本番スタート!!!
おっぱいが出ない!
からスタートしたおっぱい生活は
退院後も毎日おっぱいマッサージに通い、
粉ミルクをなきながらあたえたり、
3ヶ月にして乳腺炎になり40度の熱で助産師さん同伴で
病院に通ったり。。。。。

たっぷりでないのに
ほしがるほしがる。。。。。。

可愛い我が子のために
ほしがりあげを実践すると不思議とだんだん湧いてくるのでした。

しかしいまの授乳服では授乳がばればれ。乳首も見えてたときもありました。
どうしたって人目につく授乳は厳しい。。。。
けどいつでもどこでもあげたいのです。
つかれたつかれた外出授乳でした。

それで。。。。もう授乳室を探すのはやめました。

取り出すまでに号泣かつおっぱいぽろりのナーシングカバーもやめました。

わたしはお金をかけず
いま着てる服をすっぽりかぶすから
どこでも気兼ねなくできて
おしゃれな授乳服を
つくりはじめてます。

「ほんとうにきもちが豊かになったので」

おっぱいも授乳服づくりももう少しつづけてみよう、
と思っています。

ー自分ー

最近すきなことは
立体コラージュとでもいいますか
羊毛フェルトや毛糸やリボン、ボタン、ビーズなど
あらゆる立体素材をつかって服やアップリケやオブジェ、写真、表札
などをつくることです。
着るものでなければ
木や竹や石やガラスやタイルや貝殻やときには花もつかいます。


BALI(バリ・インドネシアの・・・)
が大好きです。
いますぐにでも
飛んでいきたい場所です。

文化、芸術、宗教、自然、人間、食、建築、音楽、、、、、

どれをとってもわたしにはとてつもなく大きく素晴らしく
ときには悲しく、、、、

ツーリストにしかすぎないはずなのに
なぜか帰りたい場所。
こどもにも優しい自然な場所でした。
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by 1003yatta | 2009-07-08 13:08 | プロフィール